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摩耶だより(各集巻頭句) 

令和3年5月号   岡部 榮一 

 春愁や文旦飴のオブラート     太田 鈴子

 
 鹿児島の駄菓子屋のキャラメルに似たボンタンアメである。大正十三年から販売されている息の長い飴である。販売形態は森永ミルクキャラメルが工夫したそれまで量り売りが主流であった菓子を小さな袋詰めにして持ち歩きができることで爆発的に人気を得た方式を採用している。その森永ミルクキャラメルも息の長い製品である。ボンタンアメは餅に水飴を練り込みボンタンの皮の油分や果汁をさらに練り込み風味をつけた求肥飴である。
オブラートは馬鈴薯や甘藷の澱粉で出来ている、軟質のもので飴と一緒に食べられるように工夫されたものである。ボンタンアメが何時全国に名を知られるようになったかはよく知らないが森永ミルクキャラメルは鄙びた田舎の駄菓子屋にも置いてあったと記憶する懐かしい飴である。
文旦飴のオブラートに春愁を感じたのは薄さもさりながら子供の頃の記憶によるようである。



 夜はお芋お芋お芋と空つ風     石田 剛
                           
  軽自動車で売りに来る焼き芋屋である。秋冬の風物詩と言っても過言ではない商売である。
 昨今はスーパーやコンビニで焼き芋が売られるようになって流しの焼き芋は衰退の一途をたどっているようである。ただし地域によっては今も句のようにテープを鳴らしてくる焼き芋屋がありそうである。昼間にオフィス街を回る焼き芋屋もあり、芋の種類も改良されて用途によって使い分けられているようである。句の呼びかけの声の経験は誰にもあると思う。
 表現が簡素で空っ風の季節も良く効いている。
 

 ロッカーの薄き扉や多喜二の忌    山内 宜子 
                      
 小林多喜二の忌日である。プロレタリア作家として活動、蟹工船や不在地主などの作品が有名である。
二十九歳の若さで官憲の拷問によって虐殺されたとされている。戦前の昭和の軍国主義の暗い歴史である。
 ロッカーはスチール製の汎用品であろう。スチールのロッカーは丈夫で扉は薄いのである。日頃は気にならないことでもふとしたことで気になるのである。


 一つ開く始発のドアや牡丹雪     石田 加津子
                         
 ローカル線の始発駅である。朝の早い始発電車に乗る人は大体決まった人であろうと思う。通勤時間がかかるとか早い時間からの勤めとか或るは学生とかである。作者の住む所から都心に出るとなれば、一般的にはバス、電車そして小田急線や東海道線に乗り換えて向かうのであう。時間がかかりそうである。
 青春の早朝である。牡丹雪が降って少し寒そうである。一つしか開いていないのは暖房のためであろう。


 荒海や吹雪の中の嗄れ声       河合 彰    
        
 富山湾が荒れているようである。広く言えば日本海が荒れているのである。冬の日本海は荒れる海であるとの印象が強い。日本海も毎日毎日荒れているわけではないであろうが。曇り空が広がり北風が吹く環境がもたらすイメージは強い。
 さて富山湾の氷見の寒鰤は全国的に有名である。富山湾ては定置網が漁の主流で正月用の鰤は富山では欠かせない魚である。魚師の潮焼けの嗄れ声は低くとも遠くまで聞えて来そうである。吹雪などに負けていられないのである。

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